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東京地方裁判所 平成4年(ワ)18436号 判決

原告

會田總治

右訴訟代理人弁護士

花岡康博

村松靖夫

被告

株式会社学習マンガ出版

右代表者代表取締役

大森眞

右訴訟代理人弁護士

小島俊明

主文

一  被告は原告に対し、金五二二七万六三六一円及びこれに対する平成四年一〇月一三日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一〇月一三日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、訴外株式会社さくら銀行(旧商号・株式会社太陽神戸三井銀行、以下「さくら銀行」という。)から、銀行取引約定に従い、次のとおり金銭を借り受けた(以下「本件貸金(一)」、「本件貸金(二)」といい、合わせて「本件貸金」という。)。

(一) 貸付日 平成三年五月二四日

金額 五〇〇〇万円

利息 年8.375パーセント

弁済方法 平成五年六月から平成一七年五月まで毎月五日限り五五万一五五九円ずつ支払う

遅延損害金 年一四パーセント

(二) 貸付日 平成三年一〇月二二日

金額 二〇〇〇万円

利息 年6.375パーセント

弁済期 平成四年五月三一日

遅延損害金 年一四パーセント

2  原告は、被告の委託を受け、各貸付日に、さくら銀行との間において、被告の同銀行に対する本件貸金債務について連帯保証した。

3  被告とさくら銀行との間の前記銀行取引約定には、被告が債務の一つでも履行を遅滞したときは、さくら銀行の請求によって同銀行に対するいっさいの債務につき期限の利益を失う旨の定めがあるところ、被告は、平成四年四月三〇日に本件貸金(二)の内金一〇〇〇万円を支払ったのみで、その余の支払いをしなかったため、さくら銀行は被告にたいし、債務の支払いを催告し、平成四年一〇月一二日、期限の利益を失わせる通知をした。よって、原告は被告に対し、民法四六〇条二号の事前求償権に基づき、本件貸金残額六〇〇〇万円及びこれに対する右期限の利益喪失の日の翌日である平成四年一〇月一三日から支払済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実はすべて認める。

2  事前求償権の範囲は、保証人の将来の出捐が確実な額に限られるところ、原告はさくら銀行から遅延損害金全部又は一部につき免除を受ける可能性があり、原告が同銀行に対しどのくらい遅延損害金を支払うか不確実であるから、原告の請求のうち元金六〇〇〇万円に対する年一四パーセントの遅延損害金は、事前求償権の範囲に含まれない。

三  抗弁

1  マンション建築計画

(一) 被告は、平成三年四月、原告との間において、原告所有の別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)上にマンションを建築するにつき、次のとおり合意をし「マンション建築に関するプロジェクト契約」を締結した(以下「本件プロジェクト契約」という。)。

(1) 原告は被告に対し、本件土地を賃貸する。

(2) 原告は、速やかに原告所有にかかる別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)の賃借人を退去させたうえ、本件建物を取り壊し、被告に対し、本件土地を更地で引き渡す。

(3) 被告は、本件マンション建築計画に必要な一切の費用及び被告の事業拡大資金をさくら銀行から借り受け、原告は、被告の右債務を連帯保証し、かつ、右債務を担保するため、本件土地につき、さくら銀行に対し根抵当権を設定する。

右借入金額が右費用等に不足するときは、原告は、その所有する掛け軸を売却し若しくは原告が所有する本件以外の土地建物を担保提供して、被告においてさくら銀行から追加融資を受け、被告のために資金援助をする。

(4) 原告は、小畦正夫から被告の株式を代金六〇〇万円で譲り受け、被告の経営に参加して事業拡大に協力する。

(5) 被告は、本件土地上に鉄骨工法によるマンションを建築して、被告の所有とし、完成した同マンションの一部に被告代表者夫婦が原告と同居して、その面倒を見る。

(6) 被告のさくら銀行に対する貸金債務は、完成したマンションの賃料収入及び被告の事業収益により返済する。

2  マンション建築計画の遂行

(一) 被告は、平成三年五月一日、原告との間において、次のとおり、本件土地の賃貸借契約を締結した。

期間 同月二日から平成三四年五月一日までの三一年間

地代 過去三年の路線価格の平均額の六パーセント(但し当初は一か月につき一〇万円)

(二) 被告は、請求原因1のとおり、さくら銀行から本件貸金を借り受け、原告は、同2のとおり、連帯保証するとともに、本件貸金債務を担保するため、同銀行に対し本件土地等につき根抵当権を設定した。

(三) 被告は、平成三年七月三〇日、太平住宅株式会社(以下「太平住宅」という。)に対し、マンション建築を依頼し、同会社との間において店舗付共同住宅建築請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

3  立替払

(一) 被告は、本件プロジェクト契約に基づき原告のなすべき債務につき、原告の委任を受け、各委任事務を処理するにつき、次のとおりの費用合計九三六万八五三三円を立て替えて支払った。

(1) 平成三年五月一〇日 司法書士江川ヒロ子に対し本件土地建物に設定されていた根抵当権設定登記の抹消登記手続費用一万九九〇〇円

(2) 同年七月二三日 本件建物の賃借人小川書店に対し立退料一五〇万円

同年九月一〇日 同一〇〇万円

同月一二日 同七万五五一五円

(3) 平成四年二月一〇日 小畦正夫に対し原告への株式譲渡代金六〇〇万円

(4) 同年三月九日 弁護士江藤洋一に対し本件建物の賃借人添田マツを相手方とする明渡訴訟のための着手金及び費用七七万三一一八円

(二) 被告は、同年九月一一日、原告に対し、立替金を直ちに支払うよう催告した。

4  原告の債務不履行による計画の中止

(一) 原告は、次のとおり、本件プロジェクト契約により負担した債務を履行せず、右契約の履行を拒絶するに至った。

(1) 原告は、速やかに、本件建物の賃借人を退去させるべきであるのに、その一名(小川書店)については、平成三年九月に退去させたものの、他の一名(添野マツ)については退去させることはできなかった。

(2) 原告は、平成四年七月から同年八月にかけて、さくら銀行及び太平住宅に対し、本件プロジェクト契約は被告に騙されてしたもので、本件貸金の連帯保証及び担保提供は、原告がその意味を理解する能力を欠くため効力に疑義があるとして、追加融資及び本件請負契約の凍結を求め、被告に対しても、マンション建築計画を中止する意思を明らかにした。そのため、被告は、さくら銀行から追加融資を受けられなくなったことにより、同年八月二一日、太平住宅との間の本件請負契約を合意解約した。

(二) 被告は、同年九月一一日、原告に対し、本件プロジェクト契約の履行を催告し、一〇日以内に原告が右債務の履行をするか若しくは履行の意思があることを示す書面を提出しないときは、本件プロジェクト契約を解除する旨の意思表示をしたが、原告は、催告期限までになんらの応答をしなかったため、被告は、マンション建築計画を中止せざるを得なくなった。

5  被告の損害

被告は、原告の債務不履行により、次のとおりの損害を被った。

(一) 原告に支払った本件土地の賃料一四〇万円

(二) 太平住宅との間の本件請負契約に伴う費用計四二四万二〇〇〇円

(1) 収入印紙代一〇万円

(2) 建築設計費等二八〇万円

(3) 合意解約に伴う違約金一三四万二〇〇〇円

(三) マンション建築計画遂行のため被告が支払った費用計一〇八万二五八〇円

(1) 小山測量 測量費一七万五〇〇〇円

(2) 本田司法書士 登記費用一〇万円

(3) 吉田司法書士 同八〇万七五八〇円

(四) さくら銀行に対する本件貸金の利息四一六万四六六六円

被告は、前記3の立替金、5(一)ないし(三)の費用等及び太平住宅に対する本件請負契約預り金二五一五万八〇〇〇円の合計四一二五万一一一三円を本件貸金(一)により支払ったが、被告は、右金額に対する平成三年五月二四日から平成四年八月五日まで年8.375パーセントの割合による利息四一六万四六六六円の支払を余儀なくされた。

(五) 新築マンションの所有権及び本件土地の借地権喪失による損害一億〇〇四〇万円

被告は、本件プロジェクト契約が履行されておれば、さくら銀行に対する借入金と地代の支払と引換えに新築マンションの所有権と本件土地の借地権を取得できたところ、新築マンションの価格とその耐用年数七〇年間における右銀行借入金支払分とが同額とした場合、本件土地の借地権は被告の資産として残り、その価格は、本件土地の更地価格を一坪当たり二五〇万円、借地権割合七割として九五四〇万円となるのに対し、被告は、本件プロジェクト遂行により、五〇〇万円以上の損失を被っており、その差である一億〇〇四〇万円が損害となる。

6  原告の不法行為

原告は、正常な判断能力を有し、本件プロジェクト契約の意味内容を理解したうえ、さくら銀行に対する本件貸金の連帯保証及び担保提供をしたにもかかわらず、前記4(一)(2)のとおり、同銀行に対し、その効力を否定する発言をするという違法行為に及び、被告の名誉を著しく毀損し、信用を完全に失墜させた。

原告の右不法行為による被告の損害は一〇〇〇万円を下らない。

7  相殺

以上のとおり、被告は原告に対し、(1)立替金請求権九三六万八五三三円及び(2)債務不履行に基づく損害賠償請求権一億一一二八万九二四六円、(3)不法行為に基づく損害賠償請求権一〇〇〇万円を有するところ、平成六年九月二日の本件口頭弁論期日において、右(1)ないし(3)の債権をもって、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした(充当は1から3の順)。

8  担保提供

被告は、原告に対し、民法四六一条一項に基づき、原告がさくら銀行に対し全部の弁済をするまでの間担保を提供することを求める。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、2、5及び6の事実は否認する。

2  同3(一)(1)、(2)及び(4)の事実は認め、(3)の事実は否認する。同3(二)の事実は認める。

右立替金のうち(1)、(2)及び(4)の費用は、被告がさくら銀行からの本件貸金(一)の借入直後からその一部を被告の運転資金に流用し、被告において、右背信行為によりマンション建築計画が破綻し、結果的に無益な出捐となることを予想し得たにもかかわらず、支出したものであるから、被告には過失があり、必要と認めるべき費用に当たらない。

3  同4(一)(1)の事実は否認する。同4(一)(2)のうち、原告がさくら銀行及び太平住宅に対し、本件プロジェクト契約は被告に騙されてしたもので、本件貸金の連帯保証及び担保提供は、原告がその意味を理解する能力を欠くため効力に疑義があるとして、追加融資及び本件請負契約の凍結を求め、被告に対しても、マンション建築を中止する意思を明らかにしたことは認め、その余の事実は知らない。同4(二)の事実は認める。

4  同7及び8は争う。

5  原告は、原告所有の不動産を担保に金融機関から融資を受け、本件土地上に鉄筋のマンションを建築し、建築されたマンションは原告の所有とすることを希望し、その建築のための事務処理を原告の娘佳津江の夫である被告代表者大森眞(以下「大森」という。)に委任したところ、大森は、さくら銀行から本件貸金の融資を受け、その内金二四七八万円余を被告の運転資金として使用し、更に、高利金融業者である第一産業こと富山君雄(以下「第一産業」という。)から原告所有の自宅を担保提供させて被告の事業資金の融資を受けようとしたため、原告は、本件訴訟代理人花岡弁護士にその善処方を依頼した。花岡弁護士は、大森に事情説明を求めたが、同人から納得のいく説明がなされなかったため、第一産業に対し融資解消の措置をとるとともに、さくら銀行及び太平住宅に対し追加融資及び本件請負契約の凍結を求めたものである。

第三  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

第二  そこで、抗弁について検討することとする。

一  立替金

1  被告は、原告の委任を受け、抗弁3(一)(1)、(2)及び(4)の合計三三六万八五三三円を立て替えて支払ったことは、当事者間に争いがない。

2  原告は、右費用の支出は被告の過失に基づくから必要と認めるべき費用に当たらないと主張するが、右各費用は、客観的に見てその委任事務に必要なものであることは明らかであり、かつ、後記のとおり、原告は当時右費用の支出について了解していたのであるから、被告が各委任事務を処理するために必要であると判断したことに過失があったものとはいえないし、右費用がマンション建築計画が中止されて結果的に必要ではなくなったとしても、原告は、その償還義務を免れることはできないものというべきである。

3  被告は、本件プロジェクト契約遂行の一環として同(3)の小畦正夫に対する株式譲渡代金六〇〇万円を原告の委任を受けて立替払したと主張し、小畦正夫の原告宛領収証(乙二四)が存在するが、被告と原告との間において右プロジェクト契約が成立したとはいえないことは、後記のとおりであるから、右乙号証のみによっては、原告が右立替えを被告に委任したことを認めることはできない。

4  したがって、原告は被告にたいし、右(1)、(2)及び(4)の費用合計三三六万八五三三円を支払う義務があるものというべきである。

二  マンション建築計画

1  前示当事者間に争いがない請求原因事実及び証拠(甲一ないし一四、一六、二三、乙一ないし三、一〇、一一、四三、証人會田治雄、原告本人、被告代表者本人)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、肩書住所地の自宅において、長男會田治雄(以下「治雄」という。)夫婦と同居し、右自宅隣の工場でメス等の医療器具の製作をしていた。大森は、原告の長女佳津江と婚姻し、平成二年八月、小畦正夫とともに被告会社を設立して、原告が所有する本件建物の一部を原告から無償で借り受けて、小学生向けマンガ参考書の出版を営んでいた。

(二) 原告は、同月ころから、たびたび右被告の事務所を訪れ、大森に対し、治雄夫婦が原告を冷遇することや、治雄が本件建物の賃料を収受してしまうため、老後の生活が心配である旨述べ、本件建物を取り壊したうえ、本件土地上に賃貸用マンションを建築し、大森夫婦と同居したいともらしていた。

(三) そこで、大森は、原告の希望どおり、マンションを建築してその一部を被告会社において使用することを考え、治雄とは一切相談することなく、マンション建築計画を進めることとした。

右計画では、当初マンションの建築工法は、安価なセラミック工法によるものとし、その建築費用は、本件土地を含む原告所有の不動産を担保提供してすべて銀行からの融資金によりまかない、完成したマンションの賃料収入によって借入金を返済していく計画であったが、原告は、鉄骨工法による丈夫な建物を建築したいとの希望を強く表明し、これによる建築資金の増大に対しては、原告所有の掛け軸を処分する等して資金を捻出すると述べたため、大森は、原告の右希望を容れることにした。

(四) 一方、本件建物の一部は、右当時、小川書店とスナックを経営する添田マツに賃貸されていたが、原告は、右両名の立退きにつき、賃貸借契約書には原告が立退きを請求すれば直ちに応じる旨の約定が記載されているから、右両名の立退きは困難ではないと考えていた。

(五) このようにして、原告と大森との間において、マンションの建築計画が策定されたが、新築マンションの所有権帰属につき、原告は、老後の生活安定のために自己所有不動産を担保提供して銀行から融資を受け建築するのであるから、原告の所有に帰するものと考えていたのに対し、大森は、銀行からの借入れは被告において行い、工法変更に伴う建築費用の増大により、新築マンションの賃料収入だけでは銀行借入金を返済することは困難で、賃料のみならず被告の事業収益の一部を含めて弁済原資とする必要があると考え、そうである以上、完成したマンションの所有権は被告に帰属するものと理解しており、右のマンションの所有権帰属及び被告が借り入れた融資金の一部を被告の事業資金に使用することについては、原告と大森との間に明確な合意がなされないまま、マンション建築計画が進められることとなった。

(六) 右建築計画は、大森主導のもとに進められ、平成三年五月一日付けで原告と被告との間において、被告主張の約定を内容とする本件土地の賃貸借契約書が作成された。そして、大森は、さくら銀行からの借入交渉をし、被告において、さくら銀行から本件貸金(一)の五〇〇〇万円を借り入れ、原告は同銀行に対し、右債務の連帯保証をするとともに本件土地建物等につき極度額五〇〇〇万円の根抵当権を設定し、更に、被告はその運転資金にあてるため同銀行から本件貸金(二)の二〇〇〇万円を借り受け、右根抵当権の極度額が一億七〇〇〇万円に増額された。また、大森は、太平住宅とマンション建築請負の交渉をしたうえ、被告は、同年七月三〇日、太平住宅との間において、請負代金一億三八二二万六〇〇〇円とする本件請負契約を締結し、原告もこれを了解していた。

三  本件プロジェクト契約の成否

被告は、原告との間において、マンション建築に関し、抗弁1(一)のとおりの合意を内容とする本件プロジェクト契約が締結されたと主張し、乙一、四三(いずれも被告代表者の陳述書)及び被告代表者本人尋問の結果中には、これに沿うかのような部分がある。

しかし、原告と被告との間のマンション建築計画に至る経緯は、前示認定のとおりであって、右認定の事実によれば、平成三年四月ころ、原告と被告との間において、マンション建築に関し、原告において本件建物の賃借人を立ち退かせて同建物を取り壊し本件土地上にマンションを建築すること、マンションの建築工法は鉄骨工法によるものとし、その建築資金は原告所有の不動産を担保提供して被告が銀行から借り入れ、原告は右借入債務を連帯保証すること、右借入金の返済は主として完成したマンションの賃料収入でまかなうが、不足するときは原告はその所有にかかる掛け軸を売却する等して弁済原資を捻出すること、原告は、右マンション建築につき、資金の借入れ及び請負契約交渉及び事務処理を被告に委ねることについて合意を見たが、被告主張の本件プロジェクト契約のうち右以上の内容、とくに、新築マンションの所有権帰属については、両者の間で明確な合意が成立したものとはいえないものというべきである。そして、被告主張の契約内容は、原告において賃料収入を得、大森夫婦の世話を受けるという利益があることであるのに対し、被告において銀行からの借入金の弁済が行われないときは、その連帯保証債務を負担し、担保提供した所有不動産を失う危険がある反面、被告は、新築マンションの所有権のみならず、本件土地の借地権をも取得するという過大な利益を受け、被告は、銀行からの融資の債務者となるものの、その弁済原資は賃料収入を主たるものとしており、完成したマンションの所有権が被告に帰属するとすれば、被告を一方的に利する内容のものであって、右所有権の帰属につき明確な合意がなされたことを裏付ける証拠はもとより、原告がかかる不利益な契約内容のすべてについて了解をしたことを首肯させる特段の事情を窺わせる証拠もないのであるから、被告代表者の右供述のみによっては、未だ原告が右了解した事項以上に被告主張の本件プロジェクト契約のすべてにわたって承諾したものとは到底いえず、他に被告の主張事実を認めるに足る証拠はない。

四  マンション建築計画の中止に至る経緯

1  ところで、被告と原告の間において、被告主張のとおりの内容すべてにわたる本件プロジェクト契約が成立したとはいえないが、右契約の主たる目的であるマンション建築は原告が希望し、マンション建築に向けて、両者の間においては、少なくともマンションを建築すること及びその資金調達方法については合意(以下「本件合意部分」という。)に達しており、被告において右合意に基づきさくら銀行からの借入を行い、太平住宅との本件請負契約を締結し、原告もこれを了解していたことは、前示認定のとおりである。したがって、以上のようにマンション建築計画に関するすべての内容については合意がない段階においてであっても、その主要な要素となる一部についての合意があり、被告がマンション建築に向けて他との交渉を重ね、原告もこれを了解していた場合において、本件合意部分が破棄されるときは、被告がこの合意を信じてこれを実行するためにとった第三者との契約若しくはこれと実質的に同視することができる法律関係等の措置を解消することを余儀なくされ、このため被告が損害を被る事情があり、しかも原告がこのような事情を知り又は知り得べきであるにもかかわらず、一方的に右合意を破棄する行為に出たときには、かかる行為に出るにつき是認するに足る正当な事由があれば格別そうでない限り、原告は、被告が前示のような損害を被ったときには、債務不履行に基づき、これを賠償する責任を負うものと解すべきである(原告の本件プロジェクト契約の債務不履行に基づく損害賠償請求の主張には、この意味での主張を含むものと解することができる。)。

2  本件において、原告が平成四年七月から同年八月にかけて、さくら銀行及び太平住宅に対し、本件プロジェクト契約は被告に騙されてしたもので、本件貸金の連帯保証及び担保提供は、原告がその意味を理解する能力を欠くため効力に疑義があるとして、追加融資及び本件請負契約の凍結を求め、被告に対しても、マンション建築を中止する意思を明らかにしたことは、当事者間に争いがなく、更に、証拠(甲一八ないし二〇、二三、二四、乙一、一三、一四の一、二、一七、一八、二七ないし二九、三一、三二、四三、証人會田治雄、原告本人、被告代表者本人)によれば、マンション建築計画の中止に至る経緯につき、次の事実が認められる。

(一) 本件建物の賃借入との立退交渉は、原告の予想に反して難航し、原告は、被告に委任してその交渉に当たらせたところ、小川書店との交渉は、平成三年九月、立退料を支払うことで解決したが、添田マツとの交渉は進展しなかったため、原告は、平成四年一月、江藤弁護士に依頼して、添田マツを相手方として明渡訴訟を提起した。その間、本件マンション建築計画を知った治雄は、これに反対し、添田マツとの話合いの場にあらわれ、同人と被告の立退交渉を妨害したり、大森の両親に対しても、大森の行動を非難する内容の手紙を送るなどした。

(二) そうするうち、本件貸金(二)につき当初約定した弁済期が到来したが、さくら銀行は、添田マツに対する立退交渉が完了しないことを理由に、右債務の弁済を求めたため、被告は、原告所有の掛け軸の処分を図るなど、その弁済資金捻出を試みたが、うまく行かず、被告は、平成四年四月三〇日、さくら銀行に対し、自らの資金により、右借入金の内一〇〇〇万円を弁済した。運転資金に窮した大森は、原告所有の自宅を担保提供して高利の金融業者である第一産業から二〇〇〇万円の融資を受けることを考え、原告もいったんは第一産業に対する極度額四〇〇〇万円の根抵当権設定に同意し、同年七月一〇日付で右根抵当権設定登記がなされた。しかし、その融資金の受領をめぐり、原告は自分の預金口座に振り込むよう要求し、被告の預金口座に振り込むことを求める大森との間で争いが生じ、右融資は実行されないままの状態となった。

(三) 大森が原告所有の自宅につき担保を設定して第一産業から融資を受けようとしていることを知った治雄は、同年七月一七日、花岡弁護士に原告の自宅に設定された根抵当権設定登記の抹消と第一産業からの融資解消を依頼した。

花岡弁護士は大森に対し、内容証明郵便で、原告はさくら銀行及び第一産業に対する担保設定の意味を了解することができず、その撤回を希望しているので、その経過につき事情を聴取したい旨の書面を送付する一方、同月一九日、電話により事情聴取を試みたが、大森から即答を得られなかったため、同月二〇日、第一産業との融資契約を解消するとともに、原告及び治雄に対し、さくら銀行に行くよう指示した。原告らは、同銀行に対し、本件貸金の連帯保証及び担保提供は、被告に騙されてしたもので、原告がその意味を理解する能力を欠くため効力に疑義があると述べ、花岡弁護士も、原告らからその報告を聞き、本件貸金の一部はマンション建築とは関係のない被告の運転資金に使用されたものと判断し、同月三〇日、さくら銀行に対し、同趣旨の書面を送付した。

(四) 被告は、このような原告の行動から、これ以上マンション建築計画を進めることは困難であると判断し、同年八月初めころから、太平住宅との本件請負契約を解消する交渉をし、同月二一日、右請負契約を合意解約し、契約時同会社に差し入れていた預り金を被告の預金口座に振り込むよう求めた。この間においても、花岡弁護士は、太平住宅に赴き、事情聴取をしたり、同月一七日、右請負契約が解消されることを希望する旨の書面を送付している。

3  以上認定の事実によれば、被告は、完成したマンションの所有権帰属及び本件貸金の一部を被告の運転資金に使用することについて、原告と明確な合意をしないまま、しかも、治雄がマンション建築計画に反対していることを知りながら、同人の了解をとりつけることなく、右計画を進め、本件貸金の一部を被告の事業資金にあて、また、大森において高利の金融業者からの借入を図り治雄のみならず原告の不信を招いたことが、原告が翻意して被告との合意を破棄する行動をとる一因となったものであるが、しかし、このような状況に至ったのは、原告において、本件土地上にマンションを建築することを希望したものの、新築マンションの所有権帰属に関し被告との間に明確な合意のないまま、右所有権は原告に帰属するとの思い込みのもとに、被告若しくは大森の進める他との交渉に同意したことに加え、原告が鉄骨工法によるマンション建築を強く希望し、建築費用の増大を招き、資金計画に無理が生じたこと、本件建物の賃借人の立退についての見通しの甘さや、治雄が添田マツとの立退交渉を妨害したことに対し適切な措置を講じなかったため、立退交渉が難航し、建築計画が遷延したことにも原因があり、原告は、いったんはさくら銀行からの融資及び太平住宅との本件請負契約締結を了解し、同銀行からの融資がなければ右計画の実現はあり得ないことを承知していたのであるから、原告において、本件合意部分破棄の行為に出るときは、被告がさくら銀行及び太平住宅との取引関係の解消等の措置を採らざるを得なくなり、これによって被告が損害を被ることを知っていたか又は知り得べきであったものというべきである。そして、原告が大森により高利の融資金を支配されることに不安を感じて、第一産業との融資契約解消の行為に出たことは是認することができるとしても、原告は、原告自ら若しくは治雄及び原告代理人において、さくら銀行に対して原告の判断能力に疑義があるとの理由を告げているが、本件全証拠によっても、原告が同銀行に対する連帯保証及び担保提供するにつき判断能力を欠いていたことを認めるに足る証拠はなく、右理由は、原告が少なくともこれを了解したうえで被告とマンション建築計画を進めていたことと矛盾し、乙第四二号証によれば、原告ら自身右事由はとりあえず右計画を中止するためのもので、必ずしも理由のあるものとは考えていなかったことが窺えるのであるから、原告が一方的に被告との本件合意部分まで破棄する行為に及ぶにつき、これを是認するに足る正当な理由があるとはいえないものというべきである。したがって、原告は被告に対し、右合意を信頼して支出した費用及び太平住宅との本件請負契約の解消を余儀なくされたことにより、被告の被った損害を賠償する責任があるものというべきである。

五  損害

そこで、被告の損害額及び原告において賠償すべき額について判断する。

1  証拠(乙五ないし八、一二、二二、三一、四〇、被告代表者本人)によれば、被告は原告に対し、本件土地の賃料として一四〇万円、太平住宅との本件請負契約締結に伴い、収入印紙代一〇万円、建築設計業務報酬及び地質調査費二八〇万円を支払い、右請負契約の合意解約により違約金として一三四万二〇〇〇円の支払を余儀なくされたこと、また、被告はさくら銀行に対する根抵当権設定に伴い、土地家屋調査士小川一郎に対し、本件土地の現況測量費として一七万五〇〇〇円、司法書士本田忠雄に対し、登記のための保証書作成費用等として一〇万円、同吉田雄一に対し、右根抵当権設定登記費用として二二万九七六〇円を支払ったこと(乙一九ないし二一、二三によれば、被告は同司法書士に対し本件貸金(二)の借入れに伴う同根抵当権極度額増額登記費用として五二万四四六〇円及び五万三三六〇円を支払ったことが認められるが、本件貸金(二)は、被告の運転賃金にあてられ、原告がこれを了解していたものとはいえないから、右費用の支出は、原告の合意破棄と相当因果関係はない。)、更に、被告は、前記立替金、右費用等及び太平住宅に対する本件請負契約預り金二五一五万八〇〇〇円の合計三四六七万三二九三円を本件貸金(一)により支払い、同金額に対する平成三年五月二四日から平成四年八月五日まで年8.375パーセントの割合による利息三四九万一〇〇六円(円未満切り捨て、一年未満は日割計算による。以下同様)の支払を余儀なくされたことが認められる。

そうすると、被告は、原告が被告との本件合意部分を破棄した結果、以上合計九六三万七七六六円の損害を被ったものというべきある。

2  被告は、新築マンションの所有権及び本件土地の借地権喪失により一億〇〇四〇万円の損害を被ったと主張するが、右マンションの所有権及び本件土地の借地権は、被告主張の本件プロジェクト契約すなわち新築マンションの所有権が被告に帰属することを前提に成立するものであるところ、右内容の本件プロジェクト契約が成立したとはいえないことは、前示説示のとおりであるから、原告の合意破棄と右損害との間には相当因果関係があるものということはできない(本件土地の賃貸借契約が、被告と原告との間において交わされた前記賃貸借契約書により、本件プロジェクト契約と独立して成立したものと解することもできない。)。

3 原告が翻意して本件合意部分を破棄する行動をとったのは、被告が完成したマンションの所有権帰属及び本件借入金の一部を被告の運転資金に使用することについて、原告と明確な合意をしないまま、しかも、治雄の了解をとりつけることなく、マンション建築計画を進め、本件借入金の一部を被告の事業資金にあて、また、大森が高利の金融業者からの借入を図って治雄のみならず原告の不信を招いたことがその一因となったことは、前記のとおりであり、右に加え、被告は、花岡弁護士から事情説明の要請を受けたのに、満足な回答をしなかったこともその原因の一つとなったものというべきであるから、これらの事情は被告の損害額を算定するに当たって斟酌すべきものであるところ、その過失割合は、被告につき六割、原告につき四割とするのが相当である。

4  以上の過失割合に従い、原告の被告に対して賠償すべき損害額を算定すると、三八五万五一〇六円となる。

六  名誉毀損による不法行為

被告は、原告は正常な判断能力を有し、本件プロジェクトの意味内容を理解したうえ、さくら銀行に対する本件貸金の連帯保証及び担保提供をしたにもかかわらず、同銀行に対し、その効力を否定する発言をし、被告の名誉を著しく毀損し、信用を完全に失墜させた旨主張する。しかし、原告がさくら銀行に対し、右発言をしたことによって、原告の社会的評価及び信用が著しく低下したことを認めるに足る証拠はない。

七  相殺

以上のとおり、被告は原告に対し、(1)立替金請求権三三六万八五三三円及び(2)債務不履行に基づく損害賠償請求権三八五万五一〇六円の合計七二二万三六三九円の債権を有するところ、被告が平成六年九月二日の本件口頭弁論期日において、右の(1)、(2)の債権をもって、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは、本件記録上明らかである。そして、被告が同年九月一一日、原告に対し、(1)の立替金を直ちに支払うよう催告したことは、当事者間に争いがなく、右(2)の債権も遅くとも平成四年一〇月一二日までに弁済すべきものであるから、原告の被告に対する求償債権六〇〇〇万円の内金七二二万三六三九円は、右同日に遡って相殺の意思表示により消滅したものというべきである。

八  担保提供

被告は原告に対し、民法四六一条一項に基づき、原告がさくら銀行に対し全部の弁済をするまでの間担保を提供することを求める旨主張する。しかし、主たる債務者は、保証人から予め求償を受けた場合に、債権者が全部の弁済受けない間、保証人をして担保の提供を請求することができるが、右担保提供は、予め求償として得たものを弁済に使用すべき保証人の債務を担保するためであり、主たる債務者は予め求償に応じた上でなければ、右担保提供を求めることはできないものと解すべきである。したがって、被告は、原告の本件求償に応じていない以上、原告に対し、民法四六一条に基づき、担保提供を求めることはできないものというべきである。

第三  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し、五二七七万六三六一円及びこれに対する平成四年一〇月一三日から支払済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当として棄却すべきものというべきである。

なお、被告は、原告はさくら銀行から遅延損害金全部又は一部の免除を受ける可能性があり、原告が同銀行に対しどのくらい遅延損害金を支払うか不確実であるから、原告の請求のうち元金に対する年一四パーセントの遅延損害金は、事前求償の範囲に含まれないと主張するが、原告がさくら銀行から遅延損害金全部又は一部の免除を受ける可能性があることを認めるに足る証拠はないから、被告の右主張は採用すことはできない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官長野益三)

別紙物件目録

一 所在 東京都足立区足立四丁目

地番 一七四四番

地目 宅地

地積 179.90平方メートル

二 所在 東京都足立区足立四丁目一七四四番地

家屋番号 一七四四番一

種類 店舗共同住宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建

床面積 105.30平方メートル

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